大阪・生と死を考える会 分科会:大阪・ひまわりの会
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会報より、一部読み物を抜粋し掲載しております。
会報第61号
2019年11月19日
大阪・生と死を考える会・会報
〖生と死を考える・大阪〗      2019(令和元)年11月16日 第61号


反省〜喉元過ぎれば熱さを忘れる〜    会長 田端一男

 今年も自然災害、とりわけ台風による甚大な被害が発生しました。被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
 さて私事で恐縮ですが、今年3月に人間ドックの内視鏡検査で食道癌が見つかり、5月に食道を切除し胃を引き上げ食道代わりに繋ぐ手術を受けました。
 昨年の検査では異常なく、今年も自覚症状が全くなかったため、びっくりでした。術前の検査や診察の中で、食道癌は、転移や再発が多く、5年生存率も低い、癌の中でもたちの悪いもので、手術の中でも大手術だと知り、また驚きでした。
 幸い、術前検査では他への転移も見つからず、初期癌であり、受診した京都府立医大付属病院は、症例も多く、担当医師の自信に満ちたお話しから、めったなことはないだろうと安心しました。しかし、万が一ということが頭をよぎり、息子たちを呼んで、伝えておくべきことを話しました。準備期間が足りないので、とりあえず最低限の話をして、退院後、改めて私の死後どうするのかを話すことにしました。
 入院は5月8日、手術は13日、術後の経過は順調で、当初予定より早く、6月7日に退院しました。お陰様で手術は成功、切除したリンパ節の検査でも、その後のPET検査でも癌は見当たらず、現状で完治と診断されています。
 胃が無くなったに等しく、一度に食べられる量に制約があることから、体重が15kg減り、体力の低下を実感しています。反面、肥満解消の効果で、血圧、コレステロール、血糖値等がすべて正常範囲になりました。
 退院直後から軽い畑作業を再開し、9月からは旅行やゴルフも再開し、ほぼ以前同様の生活を取り戻しています。
 先日、菩提寺の行事に出席した際「私が無駄に過ごした今日という日は、昨日亡くなった人が痛切に生きたいと思った一日である。」という掲示を見つけ、ハッと気づきました。手術を前にして真剣に考えたこと・・・・仮に、口から食べられなくなっても、声が出なくなっても、歩けなくなっても、這ってでも、どんなに格好悪くても、生き延びよう。痛みが残っても、命ある限り、生き抜こう。そしてしっかりと終活をして、命尽きるまで心豊かに生きよう等々、固く心に決めたことを思い出しました。
 しかし今では、随分安易に暮らしており、手術前に時間がなくて断念した、私の死後どうするかの整理〜終活がすっかり置き去りで、文字通り「喉元過ぎれば熱さを忘れ」ていました。深く反省するところです。その上で、大病を患いながら、命拾いできたことを心から感謝し、「良く死ぬ」ことを念頭に、今できることを精一杯頑張って、良く生きたいと考えています。
 また、周囲の皆さんに機会あるごとに、飲酒をほどほどに控えることと毎年人間ドックを受けることを強く勧めており、この会報を手にされた方々にも是非お勧めします。長期にわたり酒を飲み続けたことが食道癌の原因と考えられることや毎年人間ドックを受けてきたことが癌の早期発見につながったことを踏まえ、自分の経験が役立てればうれしいと思います。

     

定例会より  (話題提供の要約)

【令和元(2019)年度 大阪・生と死を考える会 年次総会】
             令和元年5月11日(土):小松病院 松柏苑 会議室

1.開会あいさつ(村山副会長)
2.総会成立を確認
3.議 事……全て、議案通り成立
 (1)平成30年度活動報告
 (2)平成30年度会計収支報告及び監査報告
 (3)令和元年度活動計画 原則は第2土曜日
  ・4月13日 谷荘吉先生 田上貞夫さまを偲ぶ会 献茶 
  ・5月11日 年次総会 フィーリングアーツ公演
  ・6月8日 ひまわりの会
  ・7月13日 定例会
  ・8月3日 ひまわりの会(第一週目・土曜日)
  ・9月14日 定例会 
  ・10月12日 ひまわりの会
  ・11月17日〜18日 一泊研修旅行(愛知県犬山市)
  ・12月14日 ひまわりの会
  ・1月11日 懇親会(新年会)
  ・2月1日 ひまわりの会(第一週目・全国協議会のため)
  ・3月14日 定例会または、ひまわりの会
  ・4月11日 語り合う会(仮称)または一日研修旅行
 (4)令和元年度会計予算
 (5)その他
  ・会則第8条(1) 副会長2名を1名に修正  
     ・副会長を村山雅一氏にお願いする
 (6)閉会

----このあと、記念講演会----

記念講演会
テーマ:「フィーリングアーツ」 話題提供:北村義博氏(現代美術作家)

 フィーリングアーツは、絵画・光・音楽による体感型の総合芸術で、1981年に
現代美術作家・北村義博氏が独自の感性と技法で創作したものです。その公演
活動は、1989年より、医療・福祉・教育施設などで開始され、2014年に1000回
公演を達成し、今なお日本国内だけでなく海外15か国で年間100回を超える公
演活動が行われています。(公式HPより)
 今回は北村義博氏をお迎えし、このフィーリングアーツが創り出す感動や安らぎ、希望を感じる時間をわたしたちも体験させていただきました。
 体感型ということで、絵画と光と音楽により創り出される場(感動・安らぎ
などのそれぞれが味わわれた感覚)をことばでお伝えするのは難しいので、公式
ホームぺージより解説の一部を紹介させていただきます。なお紙面の都合上で、
公式HPに記載されている引用文献・調査結果(表)の詳細については省略させ
ていただいております。
(http://www.e-feelingarts.net/fa_possibility.htm)

フィーリングアーツと癒し
(以下、北村義博:芸術と医療:癒しのアート"フィーリングアーツ",日本保健医療行動科学会年報,16: 104-115, 2001 より引用)
北村さんは,フィーリングアーツの癒し効果について経験的に次のように述べています。
 「私は感動こそ人の生命力を高めるものだと思っています.痛みや苦しみをもっている患者さんやその家族の人たちが,フィーリングアーツを体感することによって,感動とともに,ありのままの自分を知り,自分を受け入れることで心が安らぎ,そして生命力が高まり自然治癒力へとつながっていくのだと思います.
 癒しの原点は,あるがままの自分を受け入れて不協和なものを調和させることだと思います. これは,私がアートで表現していきたいと思うものと重なっています.光があるから影があり空間がでてきます.美しい部分だけではなくて,影があり光があって調和があるのです。
 フィーリングアーツに限らず,芸術は人を癒す力をもっていると思いますが,特にフィーリングアーツは作り手の強いメッセージやストーリーがなく,体感者のイマジネーションにゆだねる部分が大きいアートなので,多くの体感者が自分の心を作品に投影しやすいという面があると思います。」
 つまり,フィーリングアーツとその場に存在する全ての人,ものが響き合い,調和的空間を作りだし,体感者は「感動」などのプラス(快)のフィーリングを伴って自分なりのイメージを自由に描くことができ,自己受容,癒しへとつながるということです。
 また,体感者のイマジネーションにゆだねるということも重要であると述べています。
 
フィーリングアーツとナラティヴ
 (以下、楡木満生:ナラティヴ・セラピーの理論と実際,日本保健医療行動科学会年報,20: 47-56, 2005 より引用)
 楡木は,ナラティヴ・セラピーについて,「クライエントが悩んで治療者のところに来るのは,その個人を囲む社会的な脈略の中で何らかの問題行動を起こす人生物語(narrative)を描いており,その葛藤で苦しむためである.だからその問題を起こしている古い筋書き(story)を別の新しい筋書きに書き換えを行なおうというのが,ナラティヴ・セラピーの概略である.」と述べ,その手順として「@クライエントが苦しんでいる人生物語を聴く」「A問題の外在化をはかる」「B別の物語に書き換える」を挙げています。
 ここで,その個人の人生物語は行動を解釈した結果であり,問題を外在化して,別の物語に書き換えるということは,その行動の解釈をし直すということです.
 フィーリングアーツの体感によるイメージの表現は「問題の外在化」へ導き,その調和的解釈は「物語の書き換え」につながると思われます.
ナラティヴ・セラピーにおいて,最も困難で不可思議なところは「問題の外在化」から「物語の書き換え」のプロセスであると考えられますが,ここでは,芸術のもつ「感動」を促す力こそが最大の利点になり得るのです.「感動」ではなくても「プラス(快)のフィーリング」が「物語の書き換え」に有効にはたらくと思われます。
(以下、北村義博,吉岡隆之:保健と医療の語りとアート: フィーリングアーツとナラティヴ,日本保健医療行動科学会年報,22: 77-91, 2007 より引用)
 先ほどの調査結果から,フィーリングアーツの体感は,多くの人にとって,「感動」「安らぎ」などのプラス(快)のフィーリングを伴って,自分なりのイメージを自由に表現する機会になり得ると述べましたが,フィーリングアーツの体感は,自由なイメージの表現による「問題の外在化」と「プラス(快)のフィーリング」による「物語の書き換え」の促進につながり,ナラティヴ・セラピーという観点からも有効であると考えられます。
 特にフィーリングアーツの場合は,体感者のイマジネーションにゆだねる(外的強制が弱い)状況と調和的空間が「問題の外在化」と「物語の書き換え」により有効にはたらくと思われます。
フィーリングアーツによる感動と調和
(以下、北村義博,吉岡隆之:保健と医療の語りとアート: フィーリングアーツとナラティヴ,日本保健医療行動科学会年報,22: 77-91, 2007 より引用)
 大きく分けるとフィーリングアーツによる「感動」には2種類あります.すなわち,音楽や光の美しさなどによって得られる「受動的な感動」と,イメージを表現することによって得られる「能動的な感動」です。
 そして,被災者や医療,福祉施設の患者,利用者など「痛みや苦しみ」などを抱えている人ほど感性が研ぎ澄まされているため,イメージを表現しやすく「能動的な感動」が得やすいのでしょう.さらに,フィーリングアーツとその場に存在する全ての人,ものが響き合い,おりなす調和的空間と外的強制の弱い状況の中,イメージが体感者自身の心に浮かんできて,なぜそのイメージが現れたのかについて解釈が促され,体感者の内にある不協和なものが調和しやすいと思われます。
 また,先に述べたように,イメージの表現を促すためには,フィーリングアーツを単に体感するだけではなく,何らかのはたらきかけが重要であると考えられます.
(以下、北村義博:芸術と医療:癒しのアート"フィーリングアーツ",日本保健医療行動科学会年報,16: 104-115, 2001 より引用)
 この点について吉岡は「芸術としてのフィーリングアーツ自体から発せられる問いかけだけではなく,北村(演者)の,何ものも否定しない,言葉による最小限の問いかけが,その人なりの心の解釈を促し,自らの心を自ら表現することを促している」と経験的に述べています。

北村義博氏プロフィール:
「世界中の様々な人に出会って、一緒に光(希望)を、生命を描きたい」
北村義博は大阪芸術大学芸術学部美術科を卒業後、1980年に渡米し創作活動に励み、帰国後フィーリングアーツを完成させ活動を開始。アートとしてフィーリングアーツを追及しながら、ホスピスを含む医療施設、福祉施設、教育施設をはじめ、阪神・淡路大震災後の被災地・仮設住宅・復興住宅などのほか、医療や環境のシンポジウム、学会、研修会など、芸術・医療・福祉・教育の領域を超えて、国内外で幅広く公演活動を続けてきた。阪神・淡路大震災後の1995年には公演活動を円滑に進めるためフィーリングアーツ・ボランティア委員会を発足。また2001年から神戸山手短期大学で非常勤講師とし「アートセラピー」の授業を担当。甲南大学、神戸市看護大学、大阪芸術大学などでも授業の一環で「フィーリングアーツ」の臨時講師を歴任。大阪保健福祉専門学校、大阪医療技術学園専門学校では顧問(2018年まで)2001年にはフィーリングアーツのさらなる普及・社会貢献をめざしフィーリングアーツ研究会(アカデミー)を発足。その後、聖路加国際病院理事長の日野原重明氏(日本音楽療法学会初代理事長)、総合医療で世界的に著名なアンドリー・ワイル氏(米国アリゾナ大学総合医療プログラム・ディレクター)に出会い、両氏はフィーリングアーツをタック評価し、フィーリングアーツ研究会の顧問に就任した。2004年4月より新たに1000回公演をめざし、医療、福祉、教育施設などの草の根的な活動を続けている。海外においても、特にアジア・アフリカ方面での草の根公演活動を展開している。





令和元年 7月13日(土)14:00〜小松病院・松柏苑会議室

テーマ  “豊かな終わり”を見つめて
話題提供   村山 雅一 氏 ( 副会長 )   

■「大阪・生と死を考える会」のめざすもの
自分の死はもちろん、家族の死も避けて通ることはできません。
いつ来るかわからない死への心の準備をしておくことは、残された家族の悲しみを少しでも軽くすることになるでしょう。そうした死別の悲しみをみつめることによって、これからの日常生活を心豊かに生きるための指針が与えられると考えます。

そうした「生と死」について、色々な「話し合い」と「わかちあい」をする基本的理念(アルフォンス・デーケン神父(哲学博士・元上智大学文学部教授)の提唱)を踏まえて、お互いに問題点を話し合いの中から自分で解決を見つけることだと考えています。

会の構成は、参加する人達が作り上げるものであるというのが私たちの考えで、具体的な完成したものはまだありません。(大阪・生と死を考える会の冊子より抜粋)
死別の悲しみをみつめることによって、これからの日常生活を心豊かに生きるためのテーマの一環として、7月の定例会(7月13日)は、NHK・BS放送された『心の時代 「“豊かな終わり”を見つめて」 野の花診療所・医師・作家 徳永進先生』を題材に、「どんなことがあっても、自分らしく豊かに生きてほしい」と願って診療をしておられる先生のお姿を通し、今後どのように生きていけばよいのかを話し合いました。

「病と闘う人たちを最期まで支えたい」という思いから診療所を立ち上げられ、患者さんと接するときは笑顔を絶やされません。そして、ユーモアたっぷりとコミュニケーションを交わしておられます。ユーモアとは、「・・・にもかかわらず笑うこと(デーケン先生による)」と、捉らえておられるからです。
「命を授かったがゆえに避けては通れない終わりの時が人にはあり、人は命が離れていくときそれを受け入れようとする力が、予め備わっているのではないか」と感じるようになられたそうです。
解明できないものの中で人は生まれ、解明できないものの中で人は航海している。死はそれを教えてくれます。死は命の回路に組み込まれていると、徳永先生は仰っておられます。
なるほど、しっかり眼を開くと我々の世界はペシミスティック(厭世的/悲観的)にしか見ることができない。しかし、世界観がいかに厭世的であれ、なにも人生観や生き方まで厭世的にならなければならないという道理はありません。たしかにこの世は一つの地獄です。しかし、それがどうした? 
「世界はかくかくである、だから―――」ではなく、「世界はかくかくである、にもかかわらず―――」が、我々の生き方でなければなりません。世界観と人生観を一連の論理でつなぐことに人間はいそしんできましたが、これは一つの陥穽です。
「ココロとカラダを超えて」 ちくま文庫
頼藤和寛 
世界はかくかくである。にもかかわらず、私たちはどう生き抜くのか(自分らしく豊かな終わりを迎えるのか)。今後とも、皆様方と話し合いを重ねていければと思っております


                     
ひまわり便り  (大阪・ひまわりの会より)

令和元年(2019) 6月 8日(土) 14:00〜   小松病院・松柏苑会議室
 
元号が変わって最初のひまわりの会でした。今月は暑い中、何時ものメンバーの参加がありました。日々の暮らしの中で悩んだり困ったこと等で意見交換をしました。


令和元年(2019) 8月 3日(土) 14:00〜  小松病院・松柏苑会議室

8月は第2週がお盆ということで、第1週に変更となりました。
お馴染みのメンバーでの「ひまわりの会」でありましたが、体調不良でお休みだった田端会長がお元気な姿を見せて下さいました。

                          文責 神原 一二美


【こ こ ろ】 (自由発表の場・会員だより)

関西遺族会ネットワーク第16回交流会 報告
                      村山 雅一(副会長)
日 時:2019年6月30日(日曜日):13:30〜16:30
会 場:ハートンホテル北梅田 2階「ぐんじょう」の間
テーマ:家族全体の遺族支援についてーー5 遺族会運営における課題
内 容:ワールドカフェの手法を援用し、それぞれの遺族会が向き合っている
課題について検討するとともに、運営者が抱える悩みをわかち合った。


高齢者の歌 
                井川 洋子(運営委員)

 主治医より、認知症予防のためにと勧められたことの一つ「短歌」を始めて(NHK学園の通信講座)2年たちました。でも、初めの一歩も進んでいないのに昨年よりお手上げ状態!講師の先生から「よい歌をたくさん読む」「よい歌を書き写す」と励まされ、歌は作れていないですが(月1回の〆切も大幅に遅れ遅れ!!)短歌の本は図書館で借りてボチボチと読んでいます。読むほどに、自分には短歌はムリ!!!の思いを強くしています。でも、短歌の本なんてこれまで関心も興味も必要もなかった世界。自分の世界が広がってきたのは感じます。特に、「老い」「死」にかかわる短歌にはひかれます。

 この間から借りている「月光の涅槃〜歌がめざすもの〜」(伊藤一彦:ながらみ書房)に、「高齢者の歌」という章があります。
 まず、曾宮一念さんの短歌の紹介です。曾宮一念さんは70歳代の終わりに両眼を失明して画家を廃業、そして84歳から短歌に手を染られたそうです。

会う人の身装(みなり)善悪目鼻立ち見えぬ眼(まなこ)は心明るし

髪の毛は胡麻塩ながら生え残り中身の味噌は黴(かび)て使えず

相聞の歌書きおれば腰曲げておらのことかと妻は喜ぶ

 さらに、介護老人施設の92歳から短歌を始めた女性がきっかけで、要介護・要支援の高齢者の短歌大会が開かれ、毎年「老いて歌おう」という短歌集が出版されているお話もありました。

引き上げの話題のテレビに涙する
     この年になりても悲しき思いで  (熊本 104歳)

亡き母が夢に出てきて痛む足を
     さすってくるる何も言わずに   (栃木 88歳)

己が身を案じてくれる彼女たち
     話してみれば人の妻なり     (熊本 92歳)

 最後に、大阪府で高齢者の施設を経営していた女性(89歳)の歌。「園内婚」というのは施設内だけの夫婦のことだそうです。施設内には配偶者に死別した人がたくさんいて、まさに「老いてこそ心淋し」がいたく心身にこたえる。「配偶者を喪ったもの同士が施設内で親しくなる。そうした二人の仲を公にする。それが園内婚。施設内で祝言をあげ、部屋も一つにし、やがては正式の婚姻関係を結ぶ者もでてくる」とのこと。

老いてこそ心淋しく園内婚九十六歳かがやいており

 自分の「老い」や自分の「死」についてはあれこれと考えて不安が募ります。そうしたおりに、こうしたそれぞれの方の生き方にふれると、励まされます。正解はないし、谷先生の言われた「心豊かに生きる」を目指して残りの時間を大切にしたいです。
            


運営委員会だより N

不定期ですが、会の運営の様子をお伝えするコーナーです。本会は、会員・非会員を問わず、その時々に参加する全ての方たちと一緒に創り上げていく、ということをまず大切に運営しております。一人でも多くの方々がこの会を通して出会い、お互いの思いをわかちあい、共に歩み、一緒にこれからの日々を心豊かに生きていくことができますように・この出会いが一人でも多くの方々と繋がり広がっていきますようにと願っております。
              
 運営委員それぞれに、ここしばらくは、自身の病気のための入院や体調不調、家族の介護、自分のかかわっている地域の行事の関係などで、いつも全員がそろうことはない状態です。でも、一人でも当日「定例会」「わかちあい」に参加される方が来られるかもしれないので、その準備のために、事務局井上さん、ひまわり神原さんは休むことなく会場に来て下さいます。こうした目につくことのない地道な方々によって続けてこれていることを、痛感し、ほんとうに感謝するこの頃です。


東日本大震災後の生と死を考えるN

「東北大震災」から、はや8年目。本会では、これからも、未曽有の大災害と原発事故という未だかつて体験したことのない災害で、被災された方々が今も味わい続けている苦しみ・痛みをともにし、ともに考え、ともに支え合い助け合っていきたいと願っております。そうした思いの交流や情報の共有を今後も継続していきたいと考え、このコーナーを設けました。このコーナーにも皆さま方からの投稿・寄稿、情報提供をお待ちしております。
 

 3月11日を迎えた日、今年も、テレビの前でわたしも正座し黙祷。会報のこのコーナーを書くことが、わたしにとっての東日本大震災を忘れないことなのですが、60号(令和元年5月11日発行)では、パソコンの不具合で作った記事が消えてしまい修理に出しましたが記事は修復できず、改めて編集する時間もなく気力も萎えてしまい、このコーナーはお休み。ほんとうに残念で心残りな出来事でした。

 3月11日前後は、被災地の復興にかかわる話題とともに、これまでに幾度も語られてきたにもかかわらず、語りつくせていない(当然です)被災地の惨状もあらためてマスコミの報道で知りました。また、津波の高さなど幾度も報道されていました。でも、「宮古市では陸地の斜面を駆け上がる津波の高さが40メートル近くに達した」ことは、これまでも聞いていたはずだけれど、驚きです!さらに、「宮古市に隣接する山田町では津波によって倒れた重油タンクが大規模な火災となり、交通が遮断され断水していたため消火活動もできず中心部が燃えさかる大惨事となった」ことなど、現地では人間の想像を絶する事態が連鎖して起きていたことを知り、この災害(原子力発電所のことも)の恐怖や絶望がどれほどのものであったかをあらためて痛感。
 そうした中でも、かかえきれない悲しみや言葉にしえない深い絶望にもかかわらず、「自分にできることから始めた」方々の生き方には感嘆です。人間て、なんてすごいんだろう!と思わずにいられません。


事務局便り  井上泰子
                         
 月の美しい夜が続いております。如何お過ごしでしょうか。
菊花が香り、万葉の時代に最も愛された秋草で、しなやかにたわむ枝が美しい萩が咲き乱れております。散り際に萩はこぼれる、桜は舞う、何と風情がある日本語でしょうか。また月も風情のある呼び名がついております。一部をご紹介しましょう。

十三夜   古来、満月に次いで美しい月とされたらしく、月見の宴などが行われていた。
満 月   十五夜(じゅうごや) 15日頃。
十六夜   いざよいつき  16日頃 不知夜月(いざよいつき)いざよいはためらうという意味から月の出が十五夜よりややおそくなるのを、「月がためらっている」。
立待月   たちまちつき 17日頃 夕方、月の出を「いまかいまかと立って待つ」うちに月が出る。
居待月   いまちつき  18日頃 居は「座る」の意味で、立って待つには長すぎるので「座って月の出を待つ」。
寝待月   ねまちつき  19日頃 「横になって待たないとならない」くらい
月の出は遅い。
更待月   ふけまちつき 20日頃 「夜更けに昇る」。午後10時頃に月の出と
なる。
有明月   ありあけつき 26日頃 「夜明けの空(有明の空)」に昇る月。

毎日が目まぐるしい仕事、事件、事故、天災と心が休まる時は皆無のような日々ですが、一瞬でも四季の移ろいを感じていただいて、心の安らぎを覚えていただきたいと思っております。   10月初旬記

事務局       
〒572-0833 大阪府寝屋川市初町13−4 井上泰子方
       ☎/Fax  072−823−2215       
       Eメール osakasskangaerukai@yahoo.co.jp
       http://www.os-seitoshi.org/
  携帯電話番号変更のお知らせ ⇒080−3856-2215



お知らせ

「大阪・ひまわりの会」 
 身近で大切な肉親・家族・友人を喪ったために、癒されがたい悲しみを抱えておられる方の「わかちあいの会」です。お互いに、つらい胸のうちを語り合うことによって、私たちはひとりぼっちでないことに気づくかもしれません。また、どんなに時間がかかってもかまいません、一緒に新しい生き方を探していきましょう。同じような体験をされた方の話が聴きたいと思われたり、誰かに何かを語りたいと考えられたとき、どうぞお越し下さい。 
(事前のお申し込みは不要です)
日 時:2019年10月12日(土)
    (午後2時〜午後4時ころの予定) 
会 場:介護老人保健施設「松柏苑」
    1階会議室(小松病院構内)
連絡先:事務局(井上 泰子方)
      Tel/Fax:072-823-2215
      携帯:080-3856-2215 変更
参加費:会員・非会員 500円
※ホームページにも当会についての案内を掲載いたしております。


編集部より

 この会報は、皆さまからの投稿・寄稿とその折々の集まりの際に書いていただいた報告・感想を編集したものです。年に3回というゆったりとしたペースですが、その時々の皆さまの気持ちや思いが記録されています。テーマ・表現の長短や形は全く自由です。また、会へのご意見や要望も大歓迎です。これからもよろしくご協力をお願いいたします。


11月 一日研修旅行のご案内
日 時:2019年11月17日(日)〜18日(月)    
行 先 愛知県犬山市 
    犬山城 明治村 その他
詳細は後日連絡をいたします。



♪ 編集後記 ♪

 NHKニュース(9月5日)で、妊娠16週目で脳出血を起こして脳死状態となり、延命治療を受けていた27歳の女性が、妊娠34週目で帝王切開で元気な女の子を出産。病院は脳死状態の女性の子宮の中で胎児を育てるため、117日間にわたり女性の心臓や肺などに人工的に動かす延命治療を続け、看護師らは、胎児が健康に育つようにと、女性の足を動かして歩く動作を再現したり、おなかの中の胎児に語りかけたりしたほか、女性の親族は、胎児におとぎ話を読み聞かせをしました。出産を終えた女性は、夫や親族に看取られながら延命治療を終えたそうです。人間の「いのちのちから」の凄さとすばらしさ、「人の死とは?」と、改めて考えてしまいました。 (いかわ ようこ)


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生と死を考える・大阪 第61号 
 発行者:田端 一男 編集者:井川 洋子
 校 正:井上 泰子
 印 刷:運営委員
 事務局:〒572−0833
大阪府寝屋川市初町13−4 井上泰子方
  電話・FAX:072−823−2215
  http://www.os-seitoshi.org/
  E-mail :osakasskangaerukai@yahoo.co.jp
  原稿宛先: osakasskangaerukai@yahoo.co.jp
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